酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6076 大橋淡雅墓(谷中7-14-8・天王寺)

大橋淡雅 ( おおはし - たんが )
寛政 3年 7月 28日 ~ 嘉永 6年 5月 17日 ( 1789 - 1853 )


豪商。


名、良知。字、温卿。通称、孝兵衛・良佐衛門、のち長四郎。号、淡雅・東海享軒。


父、医師の英斎は、商人にしたくて 15歳で宇都宮の豪商・菊地治左衛門 ( 佐野屋 ) の婿養子 ( 妻は民子 ) とした。


医者への志望を捨て商人をめざす。


文化 10年 ( 1813 ) 正月江戸日本橋元浜町にて商売を始め、菊池気の通名「佐野屋長四郎」を継ぎ、呉服・木綿・質屋・両替・金貸しなどで一代にして巨富をなす。


渡辺崋山をはじめ椿椿山・高久靄崖ら当代一流の文人や芸術家と交遊し、自らも書筆を得意とし、鑑定もした。


特に草書を極め明の張東海の書風を好み自ら「東海」と号す。


これが、のち菊池家の経営による「東海銀行」の名の起源ともなる。


菊地家の養子であったが、大橋姓を名乗り、その後継ぎに「商人は不都合」として大橋訥庵を娘養子の婿とした。


坂下門外の変の淵源の一つといわれている。子に菊池教中がいる。65歳没。


著書:「保福秘訣」、「富貴自在」。


戒名 : 「東海院淡雅温卿居士」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/452.html

438 大橋訥庵墓(台東区谷中7-5-24・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7053.html
6077 大橋巻子墓(谷中7-14-8・天王寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7058.html

6081 大橋陶庵墓(谷中7-14-8・天王寺)