酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6075 塩谷 温墓(谷中7-14-8・天王寺)

塩谷 温(しおのや おん、1878年7月6日 - 1962年6月3日)は、日本の漢学者。東京帝国大学名誉教授。


来歴
東京に漢学者塩谷青山の子として生まれる。塩谷宕陰は大伯父。号は節山。1902年東京帝国大学漢学科卒。1906年母校助教授となり、ドイツのライプツィヒ大学、ついで清国の北京および長沙にて研究、1912年帰国、1920年元曲に関する研究で文学博士号を授与され、同年教授、1939年定年退職、名誉教授となる。元の「全相平話」や明の白話小説集『古今小説』(「三言」の一書)を再発見するなど、支那近世の小説・戯曲の研究・紹介に多大な業績を残した。また『新字鑑』は標準的な漢語辞典として長く愛用された。


娘は漢文学者・辛島驍に嫁ぎ、辛島昇を儲けた。


著書
・『支那文学概論講話』大日本雄弁会, 1919
・『朗吟詩選』弘道館 1930
・『学生必吟』弘道館, 1933
・『興国詩選 皇朝篇,漢土篇』弘道館, 1931-34
・『元曲 漢文講座』, 1934
・『王道は東より』弘道館, 1934
・『詩経講話』弘道館 1935
・『頼山陽と日本精神』日本精神叢書 文部省思想局 日本文化協会, 1936
・『皇国漢文選 弘道館記述義・新論鈔』目黒書店, 1936
・『皇国漢文選慎思録・言志四録鈔』目黒書店, 1936
・『楠公と頼山陽』多田正知共著 蒼竜閣 1937
・『孔子の人格と教訓』開隆堂, 1938
・『漢詩と日本精神』日本精神叢書 教学局, 1938
・『新字鑑』新字鑑刊行会, 1939
・『作詩便覧』弘道館, 1940
・『大東亞戰役詩史』弘道館圖書, 1944
・『支那文学概論』弘道館 1946-47 のち講談社学術文庫
・『天馬行空』日本加除出版, 1956


注釈・翻訳
・左伝新鈔 弘道館, 1923
・唐詩三百首新釈 弘道館(昭和漢文叢書), 1929
・楚昭公 国訳元曲選 鄭廷玉 目黒書店, 1939
・元曲選 目黒書店, 1940
・西廂記 昌平堂, 1947
・中国詩選 弘道館, 1948


回想記
・『東方学回想 Ⅱ 先学を語る〈2〉』(刀水書房、2000年)、座談会での関係者の回想を収録。
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/390.html
375 塩谷宕陰墓(台東区谷中7・天王寺墓地)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7049.html

6073 塩谷簣山墓(谷中7-14-8・天王寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7050.html

6074 塩谷青山墓(谷中7-14-8・天王寺)