酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6074 塩谷青山墓(谷中7-14-8・天王寺)

塩谷青山 ( しおのや - せいざん ) / 塩谷時敏 ( しおのや - ときとし )
安政 2年 1月 27日 ~ 大正 14年 2月 2日 ( 1855 - 1925 )


漢学者。


父、塩谷簣山。名、時敏。字、修卿。号、青山。


塩谷宕陰の甥。


父の教えを受けた後、昌平校に学ぶ。


維新後、芳野金陵・島田篁村・中村敬宇に師事。


簣山没後、下谷に家塾を開き生徒を教授する。


明治 8年 ( 1875 ) 内閣修史館勤務。帝国大学書官。


明治 22年 ( 1889 - 1920 ) 第一高等学校教授。教授の傍ら、小石川の私塾「菁莪書院」で英才を教育した。


日下勺水 ( くさか - しゃくすい )、村山鶴堂らと廻瀾社を興し、雑誌「大正詩文」に力を注いだ。


剣道連合会会長。


著書:「文章裁錦」、「青山文抄」、「漢文類別」。71歳没。


 "塩"は、旧漢字。



関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/390.html
375 塩谷宕陰墓(台東区谷中7・天王寺墓地)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7049.html

6073 塩谷簣山墓(谷中7-14-8・天王寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7051.html
6075 塩谷 温墓(谷中7-14-8・天王寺)