酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6058 田川鳳朗墓(谷中7-14-8・天王寺)

田川 鳳朗(たがわ ほうろう、宝暦12年(1762年) - 弘化2年11月28日(1845年12月26日))は、江戸時代の俳人。


本名、厳島義長。通称、東源。別号に対竹、鶯笠、自然堂、藍蓼庵、京陵など。天保三代家の一人。


生涯
宝暦12年(1762年)、肥後国(現・熊本県)で生まれる。若い頃から俳句の道を志し、郷土の武久綺石に学び、江戸では、鈴木道彦の門弟となり、真正芭蕉風をとなえる。当時、俳諧の普及は史上空前で「床屋俳譜」とも称されており、次第に頭角を現した鳳郎は、桜井梅室・成田蒼虬と共に「天保三代家」[1]に数えられた。


編著
・「蕉門俳譜師説録」
・「芭蕉葉ふね」
・「自然堂千句」


脚注
1. 「天保の三宗匠」とも呼ばれている。


関連項目
・松尾芭蕉
・鈴木道彦
・肥後国
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2001.html

1827 奥平鶯居墓(松山市道後湯月町4・円満寺)