酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6054 清水 済墓(谷中7-14-8・天王寺)

清水 済 ( しみず - わたる )
安政 3年 12月 15日 ~ 明治 26年 8月 19日 ( 1856 - 1893 )


工科大学教授・水利堤防の研究者。


父、幕臣・清水元一郎 ( 二男 )。江戸駿河台出身。


明治 12年 ( 1879 ) 7月東京大学理学部土木工学科卒・工学士、9月内務省御用掛。


明治 15年 ( 1882 ) 土木局 11等出仕。


明治 16年 ( 1883 ) 9等出仕。


明治 17年 ( 1884 ) 内務技師。


明治 19年 ( 1886 ) 内務 1等技手、奏任 5等上、第 4区土木監督署勤務。


オランダ人技術者デ・レーケは、明治 11年 ( 1878 ) から毎年のように木曽川の現地調査を行っていたが、明治 17年 ( 1884 ) 内務省から改修計画の策定を命じられ、その補助者に任命されたのが、わが国で近代教育を受けた内務省技師、清水済と佐伯敦崇 ( 明治 13年工部大学校卒 ) であり、木曽川改修工事で功績を上げる。


明治 22年 ( 1889 ) 独・仏・蘭・伊の 4ヵ国に留学。


土木監督署 4等技手、工学博士。


明治 24年 ( 1891 ) 1月帰朝、2月内務省技師兼工科大学教授。


8月土木局製図課長。従六位。38歳没。


夫人は、逸見氏。子は、清水誠。


戒名 : 「元行院顕誉広斉居士」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/7024.html

6055 清水 誠墓(谷中7-14-8・天王寺)