酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6049 三宅鉱一墓(谷中7-14-8・天王寺)

三宅鉱一 ( みやけ - こういち )
明治 9年 ~ 昭和 29年 7月 6日 ( 1876 - 1954 )


精神病理学者・東京府立松沢病院院長。


父、三宅秀 ( 長男 )。東京出身。


明治 38年 ( 1905 ) ドイツ留学。


明治 42年 ( 1909 ) 医学博士。


東京帝国大学医科助教授・東京府立巣鴨病院副院長、大正 14年 ( 1925 ) 東京帝国大学教授・東京府立松沢病院院長。


昭和 11年 ( 1936 ) 退官。


同年、実業家・堀越久三郎の寄付により東大医学部に脳研究所を開設。


正四位勲三等紺綬褒章。


長女・栄は、平山洋三郎の妻。三女・照子は、島薗順次郎の長男で医学博士・島薗順雄 ( しまその - のりお ) の妻。


戒名 : 「大徳院殿耿誉鶴鶴翁普済居士」。


関連情報
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6046 三宅仁墓(谷中7-14-8・天王寺)


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6047 三宅 秀墓(谷中7-14-8・天王寺)


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6048 三宅艮斎墓(谷中7-14-8・天王寺)