酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6029 田代基徳墓(谷中7-14-8・天王寺)

田代基徳 ( たしろ - もとのり )
天保 10年 ~ 明治 31年 3月 21日 ( 1839 - 1898 )


陸軍軍医監・大学東校大助教。


父、中津藩儒医・松川修山。従兄の中津藩医・田代春耕の養子。


肥?に師事し漢方を学ぶ。


のち大阪の適塾で緒方洪庵に師事し蘭学を学ぶ。


洪庵が西洋医学所頭取となると江戸に出て元治元年 ( 1864 ) 医学所句読師を拝命。


慶応元年 ( 1865 ) 軍医。


明治元年 ( 1868 ) 鳥羽伏見の役にて傷病兵の治療に従事。


同年居を下谷練塀町に移し、私塾「修文舎」を開き医学生を養成。


明治 2年 ( 1869 ) 足立寛・相良有孚らと大学東校中助教。


明治 5年 ( 1872 ) 大助教。


明治 7年 ( 1874 ) 松本良順等と医学会の前身である「医学会社」を創立。


同年陸軍に出仕し二等陸軍医正。


明治 16年 ( 1883 ) 陸軍軍医監。


明治 25年 ( 1892 ) 陸軍医正。翌年退官。


整形外科の開祖と言われる。


養子に田代義徳がいる。正五位勲三等。


明治元年 ( 1868 ) 訳書「切断要法」を出版。


著書:「外科手術」・「医事新聞」に寄稿。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/119.html
116 緒方洪庵墓(文京区本駒込1・高林寺)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6995.html

6030 田代義徳墓(谷中7-14-8・天王寺)