酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6001 伴野乙弥墓(谷中7-14-8・天王寺)

伴野乙弥 ( ともの - おとや / ばんの - おとや )
慶応 3年 ~ 昭和 20年 12月 8日 ( 1867 - 1945 )


水戸鉄道社長・日本興業銀行設立時理事。


父、伴野三司 ( 1828? - 1893 )( 二男 )。東京出身。


明治 16年 ( 1883 ) 東京府中学校 ( 都立日比谷高等学校 ) 卒業。


日銀小樽出張所長。営業部第二課長。十五銀行支配人。水戸鉄道 ( のちの日本鉄道 ) 社長。設立時の日本興業銀行理事兼営業第一部長。同監査役等歴任。西脇銀行・大正生命監査役。生気嶺粘土石炭取締役。79歳没。


妻・操は、兵庫県住友銀行専務・八代則彦の妹。長男、清。


戒名 : 「自彊院殿篤実乙彌日朗居士」。


⇧⇩ 伴野三司墓