酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5999 海老沢兌一墓(谷中7-14-8・天王寺)

海老沢兌一 ( えびさわ - だいいち? )
明治 10年 3月 ~ 昭和 10年 9月 26日 ( 1877 - 1935 )


鉄道技師。


父、海老沢兼 ( 二男 )。姫路出身。


若くして鉄道技術を学び、明治 39年 ( 1906 ) 官途に就き累進して鉄道技師高等官三等に至る。


在官 24年、その間シベリア事件()の際、鉄道管理官として現地に派遣され活躍する。


昭和 5年 ( 1930 ) 11月退官。以後自適に過ごす。正五位勲五等。59歳。


 シベリア事件: ロシア革命に対する干渉戦争の一つ。


大正 7年 ( 1918 ) 8月革命軍に囚われたチェコ軍を救出するという大義名分で連合国の一員としてシベリアに出兵。


以後 4年 3ヵ月戦い 4600人の戦死者を出し撤退した。実際はザバイカル州以東に白色かいらい政権を樹立する目的だった。