酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5980 佐藤立軒墓(谷中7-14-8・天王寺)

佐藤立軒 ( さとう - りっけん )
文政 5年 6月 ~ 明治 18年 6月 18日 ( 1822 - 1885 )


儒学者・旧太政官権少史。


父、佐藤一斎 ( 三男 )。次女、士子 ( ことこ ) は、吉田茂の養父・吉田健三の夫人。東京八重洲出身。


名、?・光。通称、新九郎。号、立軒。


長男は行状が良くなく他家を継ぎ、二男は夭折したので家を継ぐ。


幼くして水戸の青山拙斎に師事。


戻って父について学ぶ。


安政 6年 ( 1859 ) 家を継ぎ、幕府儒官、東叡山宮侍読。


文久元年 ( 1861 ) 小普請に入り、文久 3年 ( 1863 ) 講武所奉行支配。


明治元年 ( 1868 ) 一斎の門人、島団右衛門の推薦により太政官権史のち権少史。


明治 5年 ( 1872 ) ころ正院 11等出仕。


明治 8年 ( 1875 ) 退官し、墨田向島小梅村に「詩灌園」を開く。


著書:「詩経輯疏」、「立軒文集」など。64歳没。


「立誠先生佐藤府君之墓」。「立誠院」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/2863.html

2583 佐藤一斎之碑(台東区谷中7-5-24・谷中霊園)