酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5972 高松保実墓(台東区・谷中霊園)

高松保実 ( たかまつ - やすざね )
文化 14年 12月 1日 ~ 明治 11年 9月 24日 ( 1817 - 1878 )


江戸後期の公卿・安政勤王八十八延臣の一人。


名、保実。父、権中納言・高松公祐 ( 三男 )。


養父、正三位高松秀実。


文政 13年 ( 1830 ) 元服の昇殿を許され備中守。


院 ( 光格上皇 ) 判官代。


嘉永 6年 ( 1853 ) 大膳太夫。


安政 5年 ( 1858 ) 年 12月 19日叙従三位。


文久 2年 ( 1862 ) 正三位。52歳時右近衛少将・非参議。


この間、安政 5年 ( 1858 ) 外交措置に関して幕府と折衝するため、上書して自ら関東に赴くことを請願。


また、日米通商条約勅許阻止のため、有志公家 88卿に加わり、文久 3年 ( 1863 ) には、幕府の上奏した攘夷期限に関する朝幕間評議の大要を明示すべきことを有し公家60余卿と共に上書した。


高松家は権大納言武者小路実陰の子参議重季を祖とし、保実は 5世代目。


上京第 22区寺町通丸太町上ル松蔭町 18番地、高松保実邸があった。子に高松実村。62歳没。