酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5971 阿野季忠墓(台東区・谷中霊園)

阿野季忠 ( あの - すえただ )
明治 19年 ~ 昭和 19年 12月 3日 ( 1886 - 1944 )


宮内大丞・子爵・公卿。


父、阿野実充 ( 3男 )。阿野公誠の孫。東京神田出身。


明治 20年 ( 1887 ) 襲爵 ( 子爵 )。


大正 3年 ( 1914 ) 十五銀行入行。


日本橋支店勤務・本店業務部副長・主事監理課長・取締兼業務部長を経て、常務取締役となる。


のち、陸軍主計少尉・蓬莱殖産常務・園池製作所・第一信託・藤永田造船所各取締役。帝国倉庫運輸監査。全国地方銀行協会常任理事。従三位。戦死。58歳。


夫人の国子は、子爵・加納久朗の妹。長男は阿野季房 ( すえふさ:明治 41年 ~ 昭和 19年 8月 21日戦死、36歳 )。


親子が戦死のため家系が途絶え、墓域は荒れている。国子 ( 画像 2 )・季房 ( 画像 3 )の墓碑も同域にある。


 国子墓


 季房墓