酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5958 石橋政方墓(谷中7-14-8・天王寺)

石橋 政方(いしばし まさかた、天保11年(1840年) - 大正5年(1916年))は、幕末のオランダ通詞、明治維新後の外務省官吏。はじめ助十郎といった。7代目石橋助左衛門の曾孫であり文学者石橋思案の父。


幕末から明治にかけて英語の通訳および翻訳方として外交交渉に尽くすところが多かった。


年譜
・1840年:現在の長崎県に生まれる
・1848年:稽古通詞
・1855年:小通詞末席
・1859年:神奈川詰
・1864年:御勘定格通弁御用頭取
・1868年以降新政府に出仕し外国官一等訳官、外務大訳官、同権少丞、同大書記官等歴任
・1893年:官を辞す


栄典
・1888年(明治21年)5月29日 - 勲四等旭日小綬章[1]
・1889年(明治22年)11月29日 - 大日本帝国憲法発布記念章[2]
・1916年(大正5年)
・12月26日 - 従四位・勲三等瑞宝章[3]


著書
・英語箋


脚注
1. 『官報』第1473号「叙任及辞令」1888年5月30日。
2. 『官報』第1935号「叙任及辞令」1889年12月9日。
3. 『官報』第1322号「叙任及辞令」1916年12月27日。


外部リンク
・英語箋
(wikiより)


戒名 : 「久遠院雨窓大観居士/光寿院清節妙園大姉」。