酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5957 ◆香舎春龍墓(谷中7-14-8・天王寺)

◆香舎春龍 ( しゅきょうしゃしゅんりゅう ) ◆は草冠に”取”
享保 6年 ~ 寛政 11年 ( 1721 - 1799 )


香道米川流で名高い浄土宗の僧。


名、春龍。字、直信。号、広阿・曜誉。


川越出身。


父、柁塚知政。母、土屋氏。代々川越城主・秋元候の家臣。


享保 6年 ( 1721 ) 川越に生まれる。


14歳で江戸浅草寿松院に入り義龍に師事。


寛延 2年 ( 1749 ) 香衣を着るまでに昇進。


香道を愛し米川常白に師事。


また賀茂真淵にも入門する。


明和 7年 ( 1770 ) 引退し風月自娯に過ごす。


庵で香道を教えはじめたが、春龍の熱心な教授に加えて准后公遵法親王により賜った庵室教場「◆香舎」の命名揮毫により評判が広まり多くの門弟をもち、大名家に米川流を広める。


米川流正伝ではないとの批判に対して新しく割飾りを考案するなどして、春龍の香道は米川新流といわれることになった。


寛政 7年 ( 1795 ) 余生短しとして壽蔵 ( 生前にお墓をつくること ) 植石する。


著書:「梅のしるべ」、「百千鳥」、「香道峰の月」など。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1142.html

1088 賀茂真淵墓(品川区北品川4-11-8・東海寺大山墓地)