酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5946 山岡鉄舟像(岐阜県高山市八軒町1丁目)

山岡鉄舟 名は高歩 通称、鉄太郎 幕末明治の政治家
禅に通じ、剣を極め、書を能くした


弘化二年 ( 1845 ) 飛騨郡代として着任した父 小野朝右衛門 母 磯について高山陣屋へ入った


書は高山の書家、岩佐一亭に教えられ 十五歳で弘法大師流入木道の伝統を継承した


剣は江戸から招請した北辰一刀流の井上清虎に学び のち一刀流正伝を継ぎ 無刀流の一派を開いた


禅は十三歳ごろに始め 国・漢学 絵画等も 高山在住時代の約八年間に学ぶなど人間形成の礎は飛騨の風土の中で培われたものと考えられる 陣屋の松を見て


「降る雪と 力くらべや 松の枝」と詠んだ


父母の死去後江戸へ帰り のち山岡家の養子となった


勝海舟や義兄の高橋泥舟等と共に幕臣として活躍


慶応四年 ( 1868 ) 三月 西郷隆盛と会見して 江戸を戦火から救い 徳川家に安泰を導いた


維新後は明治天皇の侍従をつとめ宮内少輔を拝命 


五十二歳の五月 華族に列せられ 勲功により子爵を授けられた


翌明治二十一年 ( 1888 ) 七月十九日 病を得て結跏趺坐 ( けっかふざ ) のまま五十三歳の生涯を閉じ東京 谷中の全生庵に葬られた


父母の墓は高山市東山宗猷寺にある
(碑文より)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/120.html

117 山岡鉄舟墓(台東区谷中・全生庵)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/785.html
726 高橋泥舟墓(台東区谷中・大雄寺)


 山岡鉄舟