酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5933 大橋松子墓(西日暮里3-3-22・養福寺)

大橋松子 / 大橋松
天保 11年 10月 ~ 大正 6年 1月 9日 ( 1840 - 1917 )


父、越後国の上村新左衛門 ( 長女 )。


文久元年 ( 1861 ) 大橋佐平に嫁す。


夫・佐平は勤王家として佐幕派の藩主に睨まれ、捕り方に家を囲まれたとき、布団に夫をくるみ、二階から落として逃れさせたという。


のち運送業を始めると半纏を着て人足とともに働く。


夫の事業に協力し、明治 14年 ( 1881 )「北越新聞」の発行を助け、「越佐毎日新聞」の発行に際し、魚沼郡下に出張して資金集めに尽力するなど、賢夫人として知られる。78歳。


戒名 : 「松徳院殿但念妙和大姉」


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6878.html

5931 大橋乙羽墓(西日暮里3-3-22・養福寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6879.html

5932 大橋佐平墓(西日暮里3-3-22・養福寺)