酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5926 古川氏清墓(池之端2-4-25・東淵寺)

古川 氏清(ふるかわ うじきよ、宝暦8年(1758年) - 文政3年6月11日(1820年7月20日)は、江戸時代中後期の旗本、和算家。通称は吉次郎、吉之助。官位は従五位下、和泉守、山城守。字は珺璋(くんしょう)。不求と号す。子に同じく和算家の古川氏一がいる。


1759年家督を継ぎ、奥右筆などを務め、1811年に従五位下和泉守に叙任された。広敷用人となり文化13年(1816年)8月4日勘定奉行となり、文政3年(1820年)在職中に63歳で没した。墓所は東京都台東区池之端2丁目の東淵寺。法名は、温良院殿前城州刺史譲岳祖恭大居士。


算学は中西流を関川美郷に、久留島流を安井信名に、関流を栗田安之に学んで、至誠賛化流(三和一致流)を創立した。著書に「算籍」「円中三斜矩」等がある。


弟子に久保寺正久、志村昌義らがいる。大名の松平忠和にも算学を教えている。


著書
・「愛宕額答術解」(1780年)
・「饗応算法」(1782年)
・「古川氏算額論」(1784年)
・「円中三斜矩」(1798年)
・「算則」
・「側円求積明解」(1818年)
・「数学雑著招差審解」
・「風箏全書」


参考文献
・日本人名大辞典(講談社)
(wikiより)