酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5920 林 鳳岡墓(新宿区市谷山伏町16)

林 鳳岡(はやし ほうこう、寛永21年12月14日(1645年1月11日) - 享保17年6月1日(1732年7月22日))は、江戸時代前期・中期の儒学者。


特に元禄時代の将軍・徳川綱吉のもと江戸幕府の文治政治の推進に功績があったひとり。父は林鵞峰。名は又四郎・春常・信篤。字は直民。号は鳳岡・整宇。


人物略歴
儒学者・林鵞峰の次男として江戸に生まれた。兄の春信(梅洞)が早世したため林家を継いだ[1]。


延宝8年(1680年)に父・鵞峰が死去したのちは、その職禄を継いで大蔵卿法印・弘文院学士となった[1]。その後、江戸幕府の4代将軍・徳川家綱以後、8代将軍・徳川吉宗まで5代にわたって幕府に仕えた。特に5代将軍・綱吉、8代将軍・吉宗からの信任が厚く、綱吉の命により殿中諸士に講義したこともある[1]。


元禄4年(1691年)、それまで上野不忍池の池畔にあった家塾が、湯島に移され湯島聖堂として竣工したのにあわせて大学頭に任じられた。このときまで儒者は仏僧の風にしたがい、士籍に入ることもできなかったが、鳳岡は強くこれに反対の意を表明した[1]。これにより、同年、束髪改服を命じられ、従五位下に叙せられた[1]。以後、鳳岡は聖堂学問所(のちに昌平坂学問所)を管掌し、大学頭の官職も林家が世襲することとなり、また、それまで僧形で勤めていた儒官の制度も終わりを告げて、儒学者は一般に士として扱われるようになった[1]。


その後、鳳岡は吉宗までの歴代将軍に仕え、講学だけではなく官爵や系譜、祭典など、幕府の文書行政に参与し、この間、朝鮮通信使の応接にもかかわった。また『武徳大成記』などの編纂に従事し、林家の官学的傾向をつよめ、服忌令を定めた。また、その門下は幕府や諸藩に仕え、儒学の発展におおいに寄与した[1]。


享保8年(1723年)、子の信充(林榴岡)に家督を譲った。享保17年(1732年)、87歳で死去した。


著書・門人
著書に『鳳岡学士集』などがあり、元禄4年(1691年)以降は、もっぱら湯島を文教の府として儒教の振興に努めた[2]。門人には嫡子信充のほか井上蘭台、秋山玉山、岡島冠山、黒沢雉岡、松平乗薀[注釈 1]がおり、さらに、桂山彩巌、後藤栗庵、良野華陰、速見常房など多数におよんでいる[3]。


脚注
注釈
1. 享保元年生まれの松平乗薀は鳳岡晩年の弟子で、のちに美濃国岩村藩の藩主となった。また、乗薀の三男の松平乗衡は林家の養子に入り、林述斎として8代当主を継いだ。


参照
1. a b c d e f g 藤谷(1979)pp.107-108
2. 玉懸(2004)
3. 師弟関係図 (PDF) (小林松篁)


参考文献
・藤谷俊雄「林鳳岡」日本歴史大辞典編集委員会『日本歴史大辞典第8巻 は-ま』河出書房新社、1979年11月。
・玉懸博之「林鳳岡」小学館編『日本大百科全書』(スーパーニッポニカProfessional Win版)小学館、2004年2月。ISBN 4099067459


関連項目
・昌平坂学問所
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6532.html
5681 林 述斎墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6850.html
5908 林氏墓地(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6851.html
5909 林 羅山墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6852.html
5910 林 復斎墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6853.html

5911 林 壮軒墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6854.html
5912 林 鳳池墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6855.html
5913 林 龍潭墓(新宿区市谷山伏町16)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6856.html

5914 林 鶯渓墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6857.html
5915 林 学斎墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6860.html
5916 林 錦峯墓(新宿区市谷山伏町16)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6861.html

5917 林 鳳潭墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6862.html
5918 林 鳳谷墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6863.html

5919 林 榴岡墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6865.html
5921 林 鵞峰墓(新宿区市谷山伏町16)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6866.html

5922 林 檉宇墓(新宿区市谷山伏町16)