酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5892 岩村英俊墓(台東区谷中・谷中霊園)

岩村英俊 ( いわむら - ひでとし )
文化元年 ? ~ 明治 15年 8月 5日 ( 1804 ? - 1882 )・・・1808説あり


名、茂俊・有助。号、礫水。岩村通俊・岩村高俊の父。土佐山内家の国老で宿毛邑主・安東氏 ( 後の伊賀氏 ) の臣。


岩村家は、平清盛の後裔といわれる。


壇ノ浦で敗れ、土佐に子孫が逃れ、門脇と名乗り、のち安芸国虎に仕え大井姓を名乗り、のち長曾我部元親に仕え岩村と改める。


長曾我部氏が滅亡した後、山内一豊が入国し、一豊の家老宿毛邑主安東節氏に仕え、縮毛に移る。


英俊の代になり、和漢・文武に秀でた英俊は、重用され 10代・安東氏固・11代・安東氏理に仕える。とくに理財に優れ禄 10石を加増される。


その後嘉永元年 ( 1848 ) にも功績を認められ 10石を加増されている。


佐幕・攘夷の騒然とするにいたり、尊王攘夷に導く。


維新後は、東京に移り、会計検査院長。のち余生を楽しむ。妻・加乃は、小野義質の娘。従四位勲四等。79歳没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6829.html

5891 岩村通俊墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6833.html
5893 岩村薩馬墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6834.html

5894 岩村一木墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6835.html

5895 岩村芳俊墓(台東区谷中・谷中霊園)