酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6889 吉川重国墓(台東区谷中・谷中霊園)

吉川 重国(きっかわ しげくに、明治36年(1903年) - 平成8年(1996年)3月16日)は、日本の宮内省官僚、華族。岩国藩主吉川家分家の人物。


父は吉川重吉、兄に吉川本家の家督を継いだ吉川元光。妻は福井松平家分家の子爵松平慶民の次女・綾子。従四位男爵。


生涯
吉川重吉の次男として東京で生まれる。


京都帝国大学卒業後の大正5年(1916年)に男爵となった。


東洋拓殖に勤務の後、昭和2年(1927年)からヨーロッパへ留学。


帰国後、宮内省に入省し、式部官狩猟官となる。昭和16年(1941年)には課長に昇進。


戦後は宮中儀礼の専門家として活動。


昭和28年(1953年)のエリザベス2世戴冠式出席の皇太子明仁親王に随行した。


昭和34年(1959年)の皇太子明仁親王と正田美智子のご成婚の際は、お妃教育を担当。


また、文仁親王の后となった川嶋紀子に宮中儀礼の指導を行ったのも重国である。


平成8年(1996年)死去。墓所は谷中霊園。


参考資料
・吉川重国 『戴冠紀行』 毎日新聞社、1954年。
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1047.html

968 吉川家納骨堂(岩国市横山1丁目256-2・洞泉寺)


https://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6808.html
6890 吉川重吉墓(台東区谷中・谷中霊園)


 吉川重国