酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6876 藤田喜作墓(台東区谷中・谷中霊園)

藤田 喜作(ふじた きさく、1887年3月13日 - 1973年12月19日)は、自由ヶ丘学園中学校高等学校初代理事長。社会学者。


人物
新潟県生まれ。東京帝国大学文学部社会科および法学部経済科を卒業。


ドイツ・ベルリン大学などに文部省給費生として留学。


東京大学、明治大学、法政大学、帝国女子大学で教鞭をとっていた。


社会主義思想の洗礼を受け、当時の学会のアカデミズムに馴染まず、また迫りくる軍靴の足音にも半身に構える反骨思想の持ち主だった。


大正期の自由大学運動にも関わっていた。


昭和10年に自由ヶ丘学園を設立したが、これは手塚岸衛の創設による自由ヶ丘学園を引き継ぐも、理念や経営方針を新たにした学校として再出発させた学校である。


同学園について、「この学校は不自由学園だ。何をしてもよいというのは本当の自由ではない」と校長挨拶でしばしば語っていた。 東京の谷中霊園に眠る。


名言
・眼が輝き、足取りも軽く、明日も学校に行こう。学校には何かがある筈だと思えるような魅力ある教育が出来ればその時生徒は宝物になるはず。


・すべての人がエリートだろうか。社会はエリートを必要としているのか。そのようなコースがあるかの如く競わせ狭い道を漸く辿りついた一握りの人々が果たして良い社会を作れたか。


・心の欲する所に従えども矩を超えず。


・人生は草紙にあらざれば書き直しを許さず。一日一日が清書なれば若き友よ常に真剣であれ。


関連項目
・自由ヶ丘学園高等学校
(wikiより)