酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6874 小林義直墓(台東区谷中・谷中霊園)

小林義直 ( こばやし - よしなお )
天保 12年 ~ 明治 16年 7月 24日 ( 1841 - 1883 )


医学者。


号、玄海。福岡柳川出身。父、小林記七郎。立花氏家臣。


幼くして藩校「伝習館」に入り、藩医・寺池強平に蘭学を学ぶ。柳川藩医・戸上某に西洋医学を学ぶ。


のち長崎に赴きオランダ人マンスフェルトに師事。


明治元年 ( 1868 ) 藩命により奥羽に従軍、傷病兵を治療する。


明治 4年 ( 1871 ) 文部省に出仕、大学東校の監事。


ドイツ人教師に学び首席となる。


明治 9年 ( 1876 ) 卒業し、東京養育院治療掛。


退職して警視庁医学校医員兼病院副長。


明治 12年 ( 1879 ) 院長兼東京衛生会委員。


明治 14年 ( 1881 ) 病院が廃院となり、その病院を借りて民衆を治療。43歳没。