酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5839 土方雄永墓(台東区谷中・谷中霊園)

土方 雄永(ひじかた かつなが)は、伊勢菰野藩の第12代藩主。


嘉永4年(1851年)3月21日、第11代藩主・雄嘉の長男として生まれる。


安政5年(1858年)10月19日、父の死去により、家督を継いだ。しかし、父同様に病弱の上、幼少であったため、大叔父の土方義行が引き続いて補佐した。


幕末期、はじめ菰野藩は佐幕派、尊王派で分裂して争った。


慶応4年(1868年)2月27日、上洛し、新政府の支持姿勢を明らかにした。その後、戊辰戦争では新政府の東征軍に協力している。


明治2年(1869年)6月23日の版籍奉還で藩知事となる。


しかし病気のため、明治3年(1870年)9月17日、家督を養子の雄志に譲って隠居した。


明治4年(1871年)10月15日、東京へ移る。


明治27年(1884年)5月10日に死去した。享年34。
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6768.html

5840 土方雄久墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6769.html
5841 土方雄高墓(台東区谷中・谷中霊園)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6770.html

5842 土方雄氏墓(台東区谷中・谷中霊園)


 土方雄永