酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5838 宮川由多加墓(台東区谷中・谷中霊園)

宮川由多加 ( みやかわ - ゆたか )
慶応 2年 ~ 明治 37年 1月 22日 ( 1866 - 1904 )


日本で初めてニッケルメッキの工業化した人。


三河出身。薬剤学者でメッキ法を発明。


明治 25年 ( 1892 ) 宮川由多加が、ニッケルメッキを日本ではじめて工業化し、本格的なメッキ工場を東京で創業した。


因みに、 日本で電気メッキをはじめて行なったのは、鹿児島藩主・島津斉彬 ( しまず なりあきら ) で、安政 2年 ( 1855 ) ダニエル電池を用いて、甲冑製品に金、銀メッキをおこなったとされる。


大阪宮林電鍍工場宮林操三の実兄。39歳没。