酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5829 山田文太郎墓(台東区谷中・谷中霊園)

山田文太郎 ( やまだ - ぶんたろう )
文久元年 ~ 昭和 7年 12月 30日 ( 1861 - 1932 )


神岡鉱山事務所長・工学博士。


父、福井県士族・田口十内 ( 三男 )。


明治 8年 ( 1875 ) 山田慎の養嗣子となる。


明治 22年 ( 1889 ) ドイツ鉱山学校に留学。


帰国後、御料局技師。


明治 29年 ( 1896 ) 官を辞し、明治 22年 ( 1889 ) から皇室財産となっていた生野銀山に奉職。


明治 29年 ( 1889 ) に三菱に払下げられ、三井鉱山に転じ、神岡鉱山事務所長となる。


明治 34年 ( 1901 ) 工学博士。従六位。


著書:「一日之化学」。

 神岡鉱山事務所長時代の逸話:赤字続きで閉山をしたいが、村ひとつが潰れるというので、ずるずると先延ばし挽回をしている最中に、亜鉛の発明があり、亜鉛鉱に対する需要がおこり、亜鉛採掘が可能になり、閉山を回避できたという。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6756.html

5830 山田文雄墓(台東区谷中・谷中霊園)