酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


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5827 松居松葉墓(台東区谷中・谷中霊園)

松居 松葉(まつい しょうよう、1870年3月19日(明治3年2月18日) - 1933年(昭和8年)7月14日)は、劇作家、演出家、小説家、翻訳家。別号に、松翁・駿河町人・大久保二八など。


生涯
父真房・母鶴子の長男として、陸前国塩釜(現・宮城県塩竈市)に生まれた。幼名は雄児、二歳のときに真玄(まさはる)と改めた。養子だった父は、1876年生家に戻り、真玄は親戚に預けられた。母は再婚した。


1877年(明治10年)(7歳)、宮城県師範学校付属小学校に入り、1880年、宮城尋常中学校に進んだが、経済的事情から1883年中退して、丁稚奉公に出た。


1887年(17歳)上京して専修学校に、次いで国民英学会に学び、1889年卒業した。この頃から歌舞伎に通った。文学を志し坪内逍遙に師事し、1891年の創刊から、早稲田文学の編集に従った。


1894年(明治27年)(24歳)、初めての脚本『昇旭朝鮮太平記』を読売新聞に発表し、1895年中央新聞の、1896年報知新聞の、1897年万朝報の記者を務めた。速筆だった。小説や翻訳も発表し、それらのうちの史劇『悪源太』を、1899年、初代市川左団次一座が演じた。座付きでない文士の作品を歌舞伎が取り上げた最初だった[1]。続いて、『源三位頼政』『後藤又兵衛』『敵国降伏』も上演された。


1905年(明治38年)に初代左団次が没すると、長男の市川莚升を助け、その年から翌1906年にかけて『粗忽の使者』、『江戸気性』を書き、ユーゴーの『エルナニ』を翻案して与えた。新派の伊井蓉峰や高田実にも書いた。


1906年、ヨーロッパへ演劇研究に渡り、翌年、二代目左団次襲名後の莚升を呼んで英・仏・独の演劇を学ばせた。そして1908年、書き下ろしの『袈裟と盛遠』ほかを上演させたが、興行的には失敗し、東京を去った。


1909年(明治42年)(39歳)、三越の嘱託になって『三越タイムス』を編集し、また、発足した坪内逍遙・島村抱月の文芸協会演劇研究所に招かれて講師を勤めた。1911年、新開場の帝国劇場の演劇主任を引き受けたが三越側の苦情でやめ、1913年、抱月脱退後の文芸協会を指導したものの間もなく解散となり、次いで河合武雄と『公衆劇団』を組織した。


1918年(大正7年)(48歳)、三越を退き松竹の文芸顧問となって台本を書き舞台を監督をした。1919年、欧米の劇団を視察。帰国後、暫く休養した。


1922年、演劇活動を再開し、また、1927年、電気療法を会得して診療し、1929年には合気道の免許を受け、1930年からはフロイトを研究し、1933年からはギリシャ語を修めてエディプス王を翻訳し上演した。


その1933年夏、リンパ腺炎に尿毒症を併発して没した。63歳。『無名院松翁高風大居士』。墓碑は、春性院谷中墓地。乙11号14側通路前にある[2]。


家族
妻・勝(1951年没)、長男・主税(1938年没)、三男・桃多郎(1994年没)


「業績」については、「松居松葉ウィキペディア』を御覧下さいませ。 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%B1%85%E6%9D%BE%E8%91%89


脚注
1. 岡本綺堂:『ランプの下にて』、岩波文庫(1993)p.282 - 285。
2. 松居松葉の墓


出典
・昭和女子大学近代文学研究室編:『近代文学研究叢書34』、昭和女子大学近代文化研究所、(1971)
・山本二郎編:『松居松葉年譜』(「筑摩書房 明治文学全集 85、(1966)p.435)
(wikiより)


戒名 : 「無名院松翁高風大居士」。


 松居松葉