酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5822 土谷秀立墓(台東区谷中・谷中霊園)

土谷秀立 ( つちや - ひでたつ )
嘉永 2年 ~ 大正 8年 12月 18日 ( 1849 - 1919 )


我が国で初めてゴム製造業を創業した人。


幼名、庫三郎。父、旧松前藩士・田崎忠純 ( 三男 )。田崎東の次弟。東京本所出身。


15歳で土谷駒三郎の養子となる。のち藩公に仕え 120石を賜る。


若いころは、勤王の兄田崎束に従って国事に奔走し、功あり 50石を加増される。


25歳のとき辞めて、実業に従事。


はじめ煉瓦製造、さらに教育品製造・化学機械製造を経営。


明治 11年 ( 1878 ) 沈没船引き上げ、海産物採取などを業とする。


このとき、潜水服に使用するゴム服が全て輸入品であることに着目、兄弟で協力してゴムの研究をし、ゴムの加硫化に成功。


明治 20年 ( 1887 ) 東京府内国工業品共進会に出品し、3等賞となる。


明治 25年 ( 1892 ) 弟の田崎忠篤・田崎忠恕・田崎長国らと土谷護謨製造所 ( 三田ゴム製造 ) を興し、工場を新設する。


以後、日清・日露・日独の 3つの戦争では、軍需品・産業品・生活用品を供給、国に貢献する。


電気事業で必要な絶縁物のエボナイトを作り、輸入品に対抗。71歳没。


 これが日本のゴム工業の誕生といわれているが、グッドイヤーの加硫発見に遅れること約 50年後であった。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6747.html

5823 田崎 東墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6748.html

5824 田崎忠恕墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6749.html
5825 田崎長国墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6750.html

5826 田崎忠純墓(台東区谷中・谷中霊園)