酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5805 伊臣忠一墓(台東区谷中・谷中霊園)

伊臣忠一 ( いおみ - ちゅういち )
天保 9年 4月 18日 ~ 明治 40年 4月 8日 ( 1838 - 1907 )


実業家。


愛媛県宇和島藩士。父、宇和島藩士。


宇和島藩に出仕し、維新後、愛媛県警部を経て、明治 7年 ( 1874 ) ころ福岡甚作・高橋亘らと大蔵省検査寮 12等出仕。


明治 8年 ( 1875 ) 検査権中属。のち、大蔵省 7等属。


明治 15年 ( 1882 ) 国際局に転任。


明治 20年 ( 1887 ) 官を辞す。以後、雨宮敬次郎と共に各種の事業を興す。


晩年、第3銀行協議役・根室銀行取締役・房総鉄道会社取締役。


明治の初め、チョンマゲ姿をして靴を履き、こうもり傘をさして歩き、断髪令が出ると即日断髪したという。70歳没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6726.html

5806 伊臣第一郎墓(台東区谷中・谷中霊園)