酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5797 初代・遠藤波津子墓(台東区谷中・谷中霊園)

初代・遠藤波津子 ( えんどう - はつこ )
文久 2年 5月 8日 ~ 昭和 8年 6月 2日 ( 1862 - 1933 )


近代美容の先駆者。


本名、ハツ。旧姓、富岡。神奈川出身。


明治 10年 ( 1877 ) 遠縁の旅館を手伝うために上京。


明治 21年 ( 1888 ) 旅館・ビリヤード場を経営する遠藤芳之助と結婚。


明治 35年 ( 1902 ) 芳之助が海外視察に出掛け、西洋の美容についてハツに話し、美容に目覚める。


米人フリッ女子に師事し、米国流美容術を習得し我が国で初めて「美顔術」を広め、評判を得て明治 43年 ( 1910 ) に「美顔術」は流行語にまでなった。


明治 38年 ( 1905 ) 銀座 7丁目に「遠藤理容館」を創業、"波津子"と名乗る。文化人や富裕階層の客を集め繁盛する。


明治 43年 ( 1910 ) ライラック化粧品を製造販売する。


さらに着付、特に婚礼の着付と結髪を行う部門も併設、総合美容の先駆者として活躍し、花嫁姿の基本を作り、女性の社会的地位の向上に努めた。


東京婦人美容協会初代会長。家政学院講師・戸坂女学校講師・東京会館理容部経営。


昭和 8年 ( 1933 ) 交通事故に遇い死去。72歳没。


著書:「化粧と着付」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6840.html

5900 二代目・遠藤波津子墓(台東区谷中・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6841.html
5901 三代目・遠藤波津子墓(台東区谷中・谷中霊園)

http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6842.html
5902 四代目・遠藤波津子墓(台東区谷中・谷中霊園)