酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5787 萬屋松五郎墓(谷中5-2-5・観智院)

萬屋松五郎 ( よろずや - まつごろう ) / 江澤松五郎 ( えざわ - まつごろう )
慶応 3年 ~ 明治 29年 12月 29日 ( 1867 - 1896 )


明治期の粋人。


本名、江澤松五郎。屋号、萬屋。神田連雀町の果物問屋。


号、梅逸・不心庵・六々亭金鱗。


文芸声曲を好み、茶道は石州を、活花は古流を、俳諧発句は不審庵団窓の号を授かり、晋派の判者を許され、声曲は清楽・河東節・一中節をこなし、狂言は鷲流の諸書を譲られ、文事は梅亭金鷲に六々亭金鱗の号を許される。


狂歌は桃の屋鶴彦に師事し阿の屋と号した。


俳優・成田屋を贔屓とし三升連の幹事となる。


多芸の粋人として世に知られた。


明治の香以山人と自認し、阿の屋の号を継いだ。29歳没。


戒名 : 「菜園梅逸居士」。