酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5785 小篠秀一墓(谷中3-1-2・大円寺)

小篠秀一 ( こしの - しゅういち )
? ~ 明治 38年 12月 18日 ( ? - 1905 )


「君が代」を最初に指揮演奏した人。


明治 4年 ( 1871 ) 陸軍軍楽隊に所属、喇叭 ( ラッパ ) 教官を経て明治 8年 ( 1875 ) 11月 18日 ~ 明治 11年 ( 1878 ) 5月陸軍楽隊長。


明治 12年 ( 1879 ) 2月式部頭坊城俊政の命令で宮内省式部寮雅楽課に移る。


明治 12年 ( 1879 ) 3月 19日芝葛鎮・東儀季芳・奥好義と共に、ピアノ伝習の上伸が認められ、ドイツ婦人の松野クララに就いてピアノを習いはじめる。


明治 13年 ( 1880 ) 10月 25日初期の「君が代」が不評で新「君が代」を試し演奏する。若干の音律の修正をし、新曲作成 9日後の明治 13年 ( 1880 ) 11月 3日天長節御宴会において、小篠が指揮を執って宮内省雅楽部吹奏楽員による新国歌「君が代」の初演奏が行われ、新曲の評判は良く、現在にまで演奏されるに至った。正八位。


校閲:西洋音楽調和要法 ( 稿本 ) Hullah著:瀧村小太郎訳:明治 15年 ( 1882 ) 5月発行。


戒名 : 「厚徳院明秀日道信士」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1127.html
1040 さざれ石(神奈川県鎌倉市山ノ内1367・東慶寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3202.html
2985 国歌君が代発祥の地碑(神奈川県横浜市中区妙香寺台・妙香寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3950.html
3659 ディートリッヒ夫人墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)