酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5783 南条俊賢墓(谷中3-1-2・大円寺)

南条俊賢 ( なんじょう - としかた )
元禄 6年 8月 10日 ~ 寛延 4年 6月 7日 ( 1693 - 1751 )


伯州羽衣石 ( うえし ) 城主・南条元清 ( 官位:左衛門尉 ) の玄孫 ( 孫の孫 )。名、源三郎・主税・隼人・右衛門。号、与兵衛。父、南条伊左衛門宗益 ( 1666 - 1709 )。母、木村市左衛門の娘。


宝永 3年 ( 1706 ) はじめて将軍・徳川綱吉に拝謁。


宝永 6年 ( 1709 ) 御小姓組の番士となり、遺跡を継ぐ。


享保 10年 ( 1725 ) 西城の御書院番になる。妻は、土井大炊頭家家臣・井上新左衛門の娘。後継は、実弟・南条俊名 ( 1705 - 1766 )、その後は、俊名の実子・南条俊冨 ( 1739 - 1808 )。


 南条元清: 別名、小鴨元清 ( おがも もときよ )。安土桃山時代の武将で伯耆国久米郡羽衣石城主。”岩倉城主”という説もあるが、墓碑の略歴には”羽衣石城主”とある。