酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5779 辻 守静墓(谷中5-9-26・竜泉寺)

辻 守静(つじ もりきよ、生年不詳 - 明治6年(1873年)9月2日)は、幕末の江戸幕府旗本、歌人。


通称・半五郎、六郎右衛門(六郎左衛門とも)、茂右衛門。野廼、東園、葎園、六牙庵、耽花と号した。


父は三枝氏。養父は不明だが、先々代あたりの当主は辻守孟である。


甲府勤番大草高聴支配だったが、嘉永3年(1849年)浦賀奉行支配組頭となり、嘉永6年(1853年)ペリー来航時に奔走し、国書の受け取りにも同席した。


安政元年(1854年)林奉行となる。


歌人としても活動しており、大石千引や海野遊翁に師事した。他にも書を中村仏庵に、仏学を荻野梅塢に学んだ。
(wikiより)


戒名 : 「六牙院薩法日晴居士」。