酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5771 関野聖雲墓(谷中5-8-25・海蔵院)

関野聖雲 ( せきの - しょううん )
明治 22年 ~ 昭和 22年 10月 28日 ( 1889 - 1947 )


彫刻家。


名、金太郎。神奈川県厚木市出身。


少年時より彫り物が好きで、県の書記官・秦源祐に見いだされ、博物館長の股野氏・溝口美術部長を介して 14歳のとき高村光太郎の門人となる。


筋が良く正式に勉強させるべきと、光太郎の推薦で東京美術学校に入学。学費は、秦氏が都合したという。


大正 2年 ( 1913 ) 東京勧業博覧会で技芸褒章受章。


大正 4年 ( 1915 ) 第 9回文展に入選、以来毎回入選。帝展第 2回から 4回まで連続特選。


昭和 10年 ( 1935 - 1944 ) 東京美術学校助教授、のち木彫部主任教授。


昭和 12年 ( 1923 ) 文展招待。帝展・新文展審査員。日本美術協会彫刻部委員。60歳没。


代表作:「吉祥天立像」、「聖徳太子」など。


戒名 : 「幽松院関山聖雲居士」。