酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5762 金子薫園墓(明王院・谷中5-4-2)

金子 薫園(かねこ くんえん、1876年11月30日 - 1951年3月30日)は、日本の歌人。


人物
東京府神田淡路町生まれ。旧名武山雄太郎。外祖父の養子となり金子姓になる。1893年に落合直文のあさ香社に入門し、和歌革新運動に加わる。自由律短歌も試み、1897年『新声』の和歌選者となる。1903年に白菊会を結成し、戦後1948年には日本芸術院会員となる。


尾上柴舟と『叙景詩』を発刊した。


都会生まれの平淡な温雅さを滲ませた詠風で、時流に変化を見せながらも和歌の普及に貢献した[1]。


作品例
・ひとむらの芙蓉のはなにかぜ見えててらのあさ庭ひよ鳥のこゑ (叙景詩・寒菊)
・わが世をばおもひわづらふ柴の戸に梅が香さむき片われの月 (片われの月)
・あゝかくて生くべき今日の日に入りぬ、眩しかる陽に耳鳴りのする (覺めたる歌)


著書
・かたわれ月・蕭々集 (新声社 1901.1)
・叙景詩 (尾上柴舟共編 新声社 1902.1)
・小詩国 (新潮社 1905.7)
・和歌入門 (新潮社 1906.12)
・わがおもひ (弘成館 1907.3)
・和歌新辞典 (新潮社 1909.3)
・書簡文捷径 (新潮社 1910.5)
・覚めたる歌 (春陽堂 1910.3)
・文話歌話 (大同館 1911.11)
・山河 (新潮社 1911.12)
・作歌新辞典 (新潮社 1912.5)
・作歌練習法 (新潮社 1913)
・草の上 (新潮社 1914)
・自然と愛 (新潮社 1916)
・叙景文練習法 (新潮社 1916)
・星空 (新潮社 1917)
・誰でもわかる文章の作り方 (新潮社 1917)
・青流 (新潮社 1918)
・練習の実際よい文悪い文 (新潮社 1918)
・静まれる樹 (新潮社 1920)
・金子薫園全集 (新潮社 1925)
・作歌の第一歩 (新潮社 1926)
・新選金子薫園集 (新潮社 1936)(新潮文庫 1942)
・歌の作り方 (新潮社 1936)
・白鷺集 (新潮社 1937)
・皇国百人一首 編 (文明社 1942)
・朝蜩 (青磁社 1943)


脚注
1. 金子薫園
(wikiより)