酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5761 兼康祐悦墓(谷中5-4-9・福相寺)

兼康祐悦 ( かねやす - すけよし / ゆうえつ )
? ~ 元禄 10年 4月 13日 ( ? - 1697 ) または正徳 5年 9月 24日 ( ? - 1715 )


侍医・江戸期の歯医者・「兼康までは江戸のうち」で有名。京都出身。


平安時代に「医心方」を編纂した丹波康頼の後裔で、兼康家の 5代目。


兼康家は江戸芝の柴井町と源助町に薬種・歯薬・香具を商う店を持っていたが、元和 3年 ( 1617 )本郷に第 3番目の店を出す ( 本郷 3丁目で現在は洋品店となっているが、度重なる道路拡幅工事があり正確には同じ位置ではない )。


歯磨や小間物を販売。


「乳香散 ( にゅうこうさん )」という歯磨き粉を売り出しヒットして、店が繁盛し歯磨き粉の「かねやす」として有名になった。


キャッチフレーズは「この薬をもって磨く時は、その白さ銀を敷くる如く、一生口中歯の憂なし」だった。


明治の中ごろには樋口一葉も「・・・かね康にて小間ものをととのう・・・」と書いている。


また、享保 15年 ( 1730 ) に大火があり、時の町奉行・大岡越前は、本郷までを土蔵造りにするよう奨励したため、これより北側は、茅葺屋根の家が並び、その境目が「かねやす」だったので、「本郷は兼安までは江戸のうち」で名が知られる。


有名になってからは、 芝神明前の「兼康」と本家争いがあり、本郷は「かねやす」と仮名に改めたという。


現在の店には「かねやす」の説明板がある。


戒名 : 「慶岸院了光信士」