酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5757 神波即山墓(谷中4-4-32・天龍院)

神波即山 ( かんなみ - そくざん )
天保 3年 6月 6日 ~ 明治 24年 1月 2日 ( 1832 - 1891 )


漢詩人・書道家。名、桓。字、猛卿。通称、致庵。号、即山・導・菊軒。名古屋出身。


幼く甚目寺一乗院の僧侶となり円桓と称す。


儒学を沢田眉山に学ぶ。詩や書が好きで森春濤に師事し漢詩を学ぶ。


維新後は、僧をやめ行蔵と称す。


明治 4年 ( 1871 ) 名古屋藩に勤めたがすぐに辞め東京で司法省に勤務し、内閣一等属まで出世、三條実美・岩倉具視の知遇を受け、詩および書を以て著名となる。


教育勅語謄本は神波即山が書いた。


なお、教育勅語を起草したのは、井上毅である。同門に丹羽賢がいる。60歳没。


戒名 : 「生華院心閑即山居士」。