酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5743 七代目・広群鶴墓(谷中4-3-6・領玄寺)

七代目・広群鶴
? ~ 大正 6年 ( ? - 1917 )


江戸一番の名石工・御碑銘彫刻師。多くの有名碑銘を彫る。


「谷中の広群鶴」として知られる。


森章二著の「碑刻―明治・大正・昭和の記念碑」に作品が載る。


七代目は、原田家からの養子。妻、こと。長男、清。


 作品例 ( 世不同 ): 「渡辺魯輔墓碑銘」、「萱水杉浦翁墓碣銘」、「杉浦譲墓碑」、「蒙恬将軍の碑」、「奥の細道」の千住矢立初の碑、「内田正雄君墓銘」、「滋野道臣碑 ( 甲 7号 1側 )」、「フェノロサ記念碑 ( 東京芸術大学 )」、 「三幣家之墓 ( 甲 1号 8側 )」、 「金枝照子の碑 ( 乙 10号 15側 )」、「大槻玄沢墓碑」、「天樹大姫祠堂碑」、「角田桜岳墓銘」、「柏木山人碑 ( 養福寺 )」、「東村山停車場の碑」、「阿部茂兵衛の彰徳碑」、「佐羽淡齋之墓 」、「福山泰庵墓表 ( 啓運寺 ) 」、「文安先生市河静墓銘 ( 本行寺 )」、「無琴道人墓碑」、「蟲 冢 ( 寛永寺境内 )」、「山本北山之墓」、「箱根芦の湯碑」、「吉田知吉墓 ( 天龍院 )」、「横山尚」、「依田薫」、「関山氏墓記 ( 甲 8号 9側 )」など。


 渡辺魯輔 ( 1821 - 1873 ) は儒者、蒙恬将軍は始皇帝に仕えた武将。


内田正雄 ( 1836 - 1876 ) は、オランダ留学、のち大学南校で教授「輿地詩略」の著者。


フェノロサは日本美術研究家のアメリカ人で、日本で活躍。


大槻玄沢は「解体新書」の翻訳者。


角田桜岳は、駿河の儒者で地球儀を作る。


阿部茂兵衛は、明治期の開拓者。


戒名 : 「法心院得達日順居士」。