酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5741 芝山祐豊墓(台東区・谷中霊園)

芝山祐豊 ( しばやま - すけとよ )
天保 8年 ~ 明治 27年 4月 20日 ( 1837 - 1894 )


歌人・勧修寺家の末裔・子爵。藤原北家勧修寺流の堂上公家 11代目。


坊城家の支流で、家格は名家。家職は歌道。


父、坊城俊政 ( 三男 )。出自は勧修寺家。


勧修寺家 ( かじゅうじけ ) は、南北朝時代の公家・坊城定資の子・経顕 ( つねあき:1298 - 1373 ) を祖とし、内大臣・勧修寺光豊の子・権大納言宣豊の末裔で、宣豊が一家を興し芝山と称した。


さらに 8代のち、芝山慶豊になり、従二位・坊城俊政の三男・坊城祐豊がその後を継ぎ、明治 17年 ( 1884 ) 7月 8日子爵となる。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6645.html

5740 芝山孝豊墓(台東区・谷中霊園)