酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5718 若井兼三郎墓(台東区・谷中霊園)

若井兼三郎 ( わかい - けんざぶろう )
天保 5年 ~ 明治 41年 12月 22日 ( 1834 - 1908 )


画商・骨董道具商。東京出身。


生家は浅草松山町の質屋を営み、古い文化財が見直される機運に乗り美術商に発展。


明治 6年 ( 1873 ) ウィーン博覧会で唯一の美術品専門家として政府随行員として渡欧。


のち、この種の博覧会のために政府の業務を代行する組織「起立商工社」を設立、副頭取となる。


日本初の輸出貿易商となる。


美術作品の製作・選定・売買を統括。


明治 11年 ( 1878 ) パリ万国博覧会の際にパリ支店が開設されるとフランスに赴き自ら運営し、フランスへ日本美術を輸出。


一方明治 11年 ( 1878 ) 政治家・佐野常民を会頭とした美術団体「龍池会」( 後の日本美術協会 ) の設立に参加。


明治 15年 ( 1882 )「起立商工社」を辞め、パリで錦絵を販売し、日本ブーム「ジャポニスム」の火付け役となる。


一時期、川崎造船所創立者の川崎正蔵の美術収集に協力する。75歳没。


因みに、妹・しま女は、佐野常民の妾。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1658.html
1529 佐野常民墓(港区南青山2-32-2・青山霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3053.html
2766 渡辺省亭墓(台東区今戸1-6-7・潮江院)