酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5713 山中隣之助墓(台東区・谷中霊園)

山中隣之助 ( やまなか - りんのすけ )
天保 11年 ? ~ 大正 8年 5月 19日 ( 1840 ? - 1919 )


明治期の実業者・衆議院議員。


東京府府会議員および下院議員を数回勤める。


東都実業界の縮将として、第三十二国立銀行取締役・日本鉄道会社理事。東京板紙・富士製紙・豊川鉄道・東海紙料・浪速銀行・石狩石炭・東京毛織物・東洋汽船各監査役。東京鋳鋼理事・東京商業会議所議員として活躍。


この間、渋沢栄一らと行動を共にする。


明治 22年 ( 1889 ) 6月 15日、渋沢栄一・田口卯吉・伴直之助・安田善次郎等と「市街鉄道布設の儀」を内閣総理大臣・黒田清隆に出願するも却下。


明治 24年 ( 1891 ) 11月 25日、川田小一郎日本銀行総裁は、渋沢栄一をはじめ園田孝吉・安田善次郎・中上川彦次郎・山中隣之助等銀行業者を招き「私設鉄道国有化」について諮り、同 30日東京商業会議所に建議。79歳没。