酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5677 真杉静枝墓(鎌倉市山ノ内1367・東慶寺)

真杉 静枝(ますぎ しずえ、1901年10月3日 - 1955年6月29日)は、日本の小説家。


略歴
教職を務める父と住職の娘である母との間にできた私生児として福井県伊那郡殿下村に生まれる[1]。神官の娘。父が台湾の宮司になったため3歳から台湾で過ごす。1911年に一旦日本に戻ったが、再び台湾に戻り、台中の看護婦養成所を卒業して1916年から看護婦として台中病院に務める[1]。台中高等女学校中退。1917年、17歳で台中駅助役(のちに旧城駅長)と結婚。相手は13歳年上で、内縁の妻がいた[1]。1921年に離婚し、大阪の祖父母の元で暮らす[1]。


タイピスト、事務員を経て、1925年に大阪毎日新聞の記者となる[1]。その頃、正岡容の愛人となって心中を図るも未遂に終わる。のち武者小路実篤と知り合って、1927年その愛人となる。武者小路の指導で小説家を志し、1927年に武者小路が主宰する『大調和』8月号で『駅長の若き妻』を発表したのち、武者小路や中村地平との恋愛をもとにした処女作『小魚の心』を発表[1]。長谷川時雨の『女人藝術』に参加。武者小路が経営する神田猿若町の美術店「日向堂」を手伝いながら、文芸雑誌に作品を発表しつづける[1]。


武者小路と別れた後、中村地平や菊池寛などと恋愛。1939年に、中村とともに18年ぶりに台湾を訪れ、台南に住む家族と久しぶりの再会を果たす[1]。1941年には長谷川時雨、円地文子らと中国・広東へ日本軍の慰問にも出向いている[1]。1942年に中山義秀と結婚したが1946年に離婚。この間、中国戦地の慰問団に参加して陸軍中尉の佐藤賢了と恋愛。


戦後は娯楽月刊誌「鏡」を刊行したが3号で廃刊。 また「読売新聞」で「身の上相談」を担当し、被曝少女の教護に尽した。


癌に苦しみ、死の直前にキリスト教の洗礼を受けた。通夜の席にはかつての夫、中山義秀が参列している。


小説に描かれた真杉静枝
・吉屋信子「小魚の心 真杉静枝と私」(『自伝的女流文壇史』中公文庫)
・林真理子「女文士」新潮文庫 ISBN 978-4-101-19117-1
・石川達三「花の浮草」文春文庫 ※モデル小説
・十津川光子「悪評の女」真杉静枝の伝記


その他
・生年は1905年説(吉屋信子など)あり。墓地は北鎌倉の東慶寺にある。


著書
・小魚の心(1938年)竹村書房 序坂口安吾
・草履を抱く女 春陽堂、1939 
・その後の幸福 昭森社、1940 
・ひなどり(1939年)竹村書房
・万葉をとめ(1940年)人文書院      
・愛情の門(1940年)国際女性社
・歴史物語薄幸の姫宮(1940年)画高畠華宵、装丁蕗谷虹児
・甲斐なき羽撃き 随筆(1940年)協力出版社
・ことづけ(1941年)新潮社
・南方紀行(1941年)昭和書房
・天日爽やかに(1941年)墨水書房
・凱歌 報国社、1942 
・三つの誓ひ むらさき出版部、1942 
・鹿鳴館以後(1942年)実業之日本社
・妻 博文館、1942 
・母と妻 全国書房、1943 
・帰休三日間(1943年)秩父書房
・松山氏の下駄
・思はれ人(1946年)丹頂書房
・鏡と鬘(1947年)前田出版社
・愛情の門(1948年) 国際女性社 
・花怨 (1948年) 六興出版部 
・美くしい人 (1948年) 京都印書館 
・後宮の人 (1948年) 九州書房 
・仇ごよみ(1948年)鏡書房 
・夜会服の乙女(1949年)
・嵐の中の姉妹 偕成社、1949 
・小説人生案内(1951年)四季社


訳書
・ヨーロッパの横顔(1940年)著者サム・ウエルズ


脚注


1. a b c d e f g h i 植民地を語る苦痛と快楽 - 台湾と日本のはざまにおける真杉静枝のアイディンティティ形成李文茄、日本台湾学会


外部リンク
・真杉静枝著作集 - 近代デジタルライブラリー
(wikiより)


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/1259.html

1162 正岡容墓(台東区谷中1-7-15・玉林寺)


 真杉静枝