酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5641 藤田鳴鶴墓(台東区・谷中霊園)

藤田鳴鶴 ( ふじた - めいかく ) / 藤田茂吉 ( ふじた - もきち )
嘉永 5年 ~ 明治 25年 8月 19日 ( 1852 - 1892 )
    
新聞記者・政治家。


通称、茂吉。別号、鶴谷山人・九皐外史・鳴鶴居士・聞天楼主人・翠嵐生など。


父、豊後佐伯藩士・林平四郎 ( 三男 )。


豊後 ( 大分県 ) 出身。


姻戚藤田氏を継ぐ。


8歳で藩儒・楠文蔚に師事、漢籍を学ぶ。


明治 4年 ( 1871 ) 上京し慶応義塾に入り、明治 8年 ( 1875 ) 福沢諭吉に卒業とともに認められ、その推薦により「郵便報知新聞」に入社、主筆として、「東京日日」の福地桜痴の官権説を相手に、自由民権説を唱え、国会開設・自由民権の議論を戦わせた。


明治 8年 ( 1875 ) 言論恐怖時代の各種取締り令により同 12月禁固 1ヶ月罰金 200円に処せられたたが、かえって世間の同情を得た。


のちも報知新聞にて論説・小説・詩などに手腕をふるった。


明治 14年 ( 1881 ) 東京府会議員。


明治 22年 ( 1889 ) 自費にて欧米視察。


明治 23年 ( 1890,1892 ) 衆議院議員に当選。娘婿に相馬御風が、孫に作家の相馬文子がいる。


著書:「文明東漸史」、「国会論」、「済民偉業録」など。


戒名 : 「光雲院釈聞天鳴鶴居士」。