酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5624 中村元起墓(台東区・谷中霊園)

中村元起 ( なかむら - げんき )
文政 3年 ~ 明治 17年 4月 30日 ( 1820 - 1884 )


高遠藩儒者。


通称、忠蔵。字、喜卿。号、黒水。


父、高遠藩士・中村元恒 ( 1778 - 1851 )( 長男 )。箕輪町大出出身。


家学を受け、のち昌平校にて大学頭・林復斎に師事。


のち林家の塾頭となる。


家督相続後、父の藩士の開墾事件で一家が黒河村に追放され、父の死後再び高遠藩に召しだされ儒学教師となる。


万延元年 ( 1860 ) に藩校「進徳館」( 高遠城内に現存 ) を創設し、儒学教師となるが、洋学の数学、化学、物理なども講義した。


廃藩後は、筑摩県に勤務し松本開智学校を創設。のち、維新後は教部省内務正院となる。


明治 8年 ( 1875 ) 田中重遠・江目長芳と修史局 3等書記、内務省に勤務。


父の志を継ぎ、郷土 ( 信濃 ) 関係の文献を収集し「蕗原拾集 ( ろげんしゅうよう )」の続編を作成した。


子に林学者の中村弥六、ひ孫に元首相・原敬の暗殺犯 中岡艮一 ( なかおか - こんいち ) がいる。門人は神尾光臣。65歳没。


大正 4年 ( 1915 ) 贈従五位。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/171.html
167 浅田宗伯墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3642.html
3389 原首相遭難現場(東京駅・丸の内南口付近)