酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5619 佐藤 佐墓(台東区・谷中霊園)

佐藤 佐 ( さとう - たすく )
安政 4年 ~ 大正 8年 3月 3日 ( 1857 - 1919 )


医師・佐藤尚中の養子。


幼名、虎三。


父、佐倉藩士・井上信利 ( 三男 )。佐藤進の義弟。千葉県出身。


佐藤尚中の養子となり、その三女楽子 ( 昭和 24年 4月 2日歿 ) を娶る、佐藤佐と名乗り、分家して一家を創る。


明治 15年 ( 1882 )ドイツおよびオーストリアに留学。


明治 19年 ( 1886 ) 帰国して養父・佐藤尚中の経営する順天堂病院の副院長となる。


明治 31年 ( 1898 ) 内務省に出仕し、侍医。


明治 38年 ( 1905 ) 以来、に大日本薬局方調査会委員。63歳。


 佐藤進 ( 1875 - 1909 ): 男爵。


佐藤尚中の養嗣子となり、順天堂を継ぐ。


明治 2年 ( 1869 ) ベルリン大学に留学。


東洋人として初の医学画家世の学位を取得。順天堂医院第 2代院長。西南の役で陸軍軍医監として活躍。日清・日露戦争で陸軍軍医総監。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/728.html
679 佐藤尚中墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6467.html

5620 佐藤 亨墓(台東区・谷中霊園)