酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5593 小松済治墓(台東区・谷中霊園)

小松済治 ( こまつ - さいじ )
弘化 3年 ~ 明治 26年 5月 12日 ( 1846 - 1893 )


法学者・岩倉使節団随員。


父、馬島瑞謙 ( 長男 )。紀州 ( 和歌山 ) 出身。


山本覚馬に蘭学を学ぶ。


17歳で長崎に行き西洋医学を学ぶ。


その後ドイツに留学し、法律を学ぶ。


明治 2年 ( 1869 ) 帰国し紀州侯の顧問となる。


また、東京裁判所に勤める。


明治 4年 ( 1871 ) 25歳の二等書記官時代とき、岩倉使節団として渡欧米。


米国との条約改正をワシントンで始めたが難航、大久保と伊藤に随行して先に日本に帰国し、国別交渉の不利を報告した。訳本:「建国談」( グナイスト氏原著 )。47歳没。


会津藩士の書家・山内香渓 (1841 - 1923) 撰書・梧竹篆額の碑文あり。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/985.html
901 山内香渓墓(港区三田4-8-23・薬王寺)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/4747.html

4317 山本覚馬墓(京都府左京区鹿ケ谷若王子山町・同志社墓地)