酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5586 都筑米子墓(台東区・谷中霊園)

都筑米子 ( つづき - よねこ )
明治 5年 ~ 昭和 12年 5月 30日 ( 1872 - 1937 )


明治大正期の女流棋士 4段。


旧姓、村田。茨城県古河出身。


棋士・都筑仙芝の養女となり、14歳のころ碁を覚える。


本因坊秀栄・梅主長江らに師事、明治 23年 ( 1890 ) 初段。


大正 14年 ( 1925 ) 4段。


この間、明治 40年 ( 1907 )「女碁客大手合」( 毎日電報 ) で優勝。


また、喜多文子と「囲碁同志会」に参加。


米子は、純然なレッスンプロではなく、方円社定式手合にも参加し、ほぼ五分の戦績であった。


一時は、喜多文子のライバルの目される。


生涯独身で、”女将軍”と呼ばれた。弟子に、吉田志津がいる。66歳没。追贈 5段。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6432.html
5583 都筑仙芝墓(台東区・谷中霊園)