酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

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小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

5568 初代・堀越角次郎墓(台東区・谷中霊園)

初代・堀越角次郎 ( ほりこし - かくじろう )
文化 3年 ~ 明治 18年 ( 1806 - 1885 )


実業家で豪商。丸文株式会社創業者。


旧名、田島安平。父、田島安兵衛。


上州群馬郡藤塚村 ( 高崎市藤塚町 ) 出身。


少年の頃より生活態度が悪く家を追い出され江戸に出て公事師をしたが嫌い、商人に転向、古着小切の江戸市中で行商を始める。


ある日同郷の堀越文衛門 ( 屋号、丸文 ) と出会い、その援助をもって弘化元年 ( 1844 ) 本船町に反物屋を開き、堀越角次郎を名乗った。


その後、時を得て織物の輸入取引で財を築いた。


また、銀行の無い時代で洋学者たちの資金を預かり利殖をはかることも行い、福沢諭吉も利用したらしい。


元治元年 ( 1864 ) 堀越文右衛門の次男の茂三郎を養子にし、明治 12年 ( 1879 ) 2代目・堀越角次郎を継がせた。80歳没。


戒名 : 「弘昌院朴翁安平居士」。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6410.html

5569 二代目・堀越角次郎墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6411.html
5570 三代目・堀越角次郎墓(台東区・谷中霊園)


http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/6412.html

5571 五代目・堀越角次郎墓(台東区・谷中霊園)