酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6660 渋江信夫墓(台東区・谷中霊園)

渋江信夫 ( しぶえ - のぶお )
? ~ 明治 14年 5月 19日 ( ? - 1886 )


「清国地図漏洩事件」関係者。


明治政府最初の測量技術者・福田治軒は、陸軍省に入局すると早速に測量機材とともに、各県から測量技術者を採用したが、その中には、渋江信夫と矢島守一がいた。


渋江信夫は、陸軍省参謀本部職員地図課職員で明治 10年 ( 1877 ) 木村信卿と共に陸軍参謀局から発行された百十六万分一「大日本全図」( 国土地理院蔵 ) を完成。


矢島守一は、日露国境画定事業の日本側測量責任者であった。


明治 14年 ( 1881 ) 1月 29日非職であった木村信卿と渋江信夫、木下孟寛、他 2名は、日本全図を清国公使館に密売した容疑で拘引されるが、なぜか事件の前に二人の参謀本部職員が謎の死を遂げ、続いて同年 5月 3日の参謀局で西洋画の指導をしていた川上冬涯が熱海で謎の死をとげ。


更に、拘留中の渋江信夫が自殺する。