酔いどれJohnny 『意外と身近にある歴史散歩』日々是好日 心灯 頬笑

酔いどれJohnnyで御座います

小生の拙ブログに御訪問頂き、誠に有難う御座います。


歴史ドラマが流行っている昨今、身近に有って気が付かなかったりする様な物を取り上げたりしています。


御注意 . 少ないですが生前に建てられた『 生前墓 』の記事も有ります。

その場合は『 生前墓 』の表示が付いていますので御注意下さいませ。


説明も、やたら長いものから あっさりしたものまで 関連リンクが多い記事も有りますが、御付き合いの程 宜しく御願い致します。


何か御話しの『 ネタ 』になれば幸いで御座います。


また『 高知市丹中山・歴史公園 』の記事については案内板を引用していますが、"この案内板の文章転用は、前田秀徳様より御許しを頂きました。"

※  「あの頃は若かった」、「おもしろ画像」、「歴史の時間」の画像については「ネット上の画像」を拾って掲載する場合もあります。

記事中の「オレンジ色の文字」は、クリックして頂くと「リンク記事等」にジャンプ致しますので そちらの記事も読んで頂くと、直一層深くなるかもしれません。


どんな話題が有ったのかについては、カテゴリー・タグの『 ブログ更新情報 』を御覧下さいませ。

6633 高橋一勝墓(台東区・谷中霊園)

高橋一勝 ( たかはし - いっしょう )
嘉永 6年 ~ 明治 19年 8月 4日 ( 1853 - 1886 )


中央大学創始者。埼玉県出身。東京帝国大学法学部出身。


明治 12年 ( 1879 ) 法学士、帝大卒の弁護士 ( 代言人 ) の先駈。代言組合長を 3年間勤める。その間、東京府会議員も勤める。


明治 18年 ( 1885 )「英吉利法律学校 ( 中央大学 )」を東京府神田錦町に設立した一人。


他に増島六一郎、穂積陳重、江木衷などがいる。


増島六一郎、高橋一勝、山下雄太郎、磯野計らは神田錦町一丁目に代言事務所「東京攻法館」を設立した。


しかし、三菱の岩崎弥太郎が 3人分の留学資金を出してくれる話があり、話し合いの結果高橋ひとりが残り、「東京攻法館」は開店休業状態となった。コレラに罹り病没する。34歳没。


関連情報
http://drunkenjohnny.muragon.com/entry/3242.html
3023 江木哀墓(台東区・谷中霊園)